喫茶と読書 ひとつぶ

20220610

今元気よく仕込みを終えました!なぜ元気かというと、モーサムの大阪のライブがYouTubeに上がっていて(公式)それを見ながらやったからです。今間奏のギターソロを飛ばして聴くという人がいるらしいですが、Twitterで書いていた人がいましたが、それはお馬鹿さんです。モーサムを見て。

先日smokebooksさんで購入した池澤夏樹さんの『池澤夏樹の旅地図』という本、ちょっと飛ばしてしまったところもありましたが、ひとまず読んだことにしました。これは大変に良い本でした。良い本にはいろいろあると思います。いいお話だったり、ためになる本だったり、文章がいい、とか絵がいい、とかね。そういう中に、編集がいい、ということもあります。例えばこの間ここでもご紹介した谷川俊太郎さんと川島小鳥さんの本もそうですね。もちろん著者であるお二人の力量もありますが、この二人で本を作るという企画、写真と詩の配分の仕方、造本、装丁の方向性、そういうことを多分編集者がやっていると思うんですよね。『池澤夏樹の旅地図』も多分そういう本で、もちろんここでも池澤夏樹さんの意向というのは大きかっただろうし、もしかしたら池澤さんのアイデアなのかもしれません。それをすごくいい形で本として世に送り出したのは、編集の人だと思います。

池澤夏樹さんは私も好きな作家の一人で、今回この本を読んで、随分影響を受けていたんだなと思いました。影響を受けたのか、たまたま自分がフワッと考えていたことをきっちりまとめてくれていたのが池澤さんだったのか、その辺はわかりません。もともとヨーロッパ、特にイギリスが好きだった私が、南の島というものに目を向けたときにいたのが池澤さんだったんだと思います。

池澤さんは旅をしていろんなところに住んで、そして沖縄に10年住んだようです。(この本が出版されたのが2007年なので、その後のことはわかりません。)「楽園の曖昧な根拠」という文章がこの本の中にあって、そこで南の島に移り住んだゴーギャンやスティーブンソン(『宝島』を書いた人)と沖縄に住んだ自分を少し重ね合わせている。彼らは植民地政策をとる、本国から来た役人たちに対して、先住民たちのことを何も知ろうとしない、と非難する。だが、いくら寄り添っていても、自分もまた先住民からしたら侵略者なのではないか、と。自分も沖縄で土地の人と馴染んで暮らしているけれど、その立場で沖縄について原稿を書いて、掲載される。そうすると、それを読んで観光客(侵略者)がやってくる。自分は結局侵略者の片棒を担いでいるのではないか。

エドワード・サイードの『オリエンタリズム』について触れられている。ヨーロッパにとって、オリエントが負の価値を持つ時は「オリエンタリズム」であり、正の価値を持ったものは同じ地域のものであっても「エキゾティズム」と呼ばれる。

確かにわたしたちは、沖縄に、南国にエキゾティズムを求めている。でも、それは幻想でしかないということなんだろう。そこにはその土地に根差した生活があって、生きてきた人がいるというのに。

私は時間軸でもオリエンタリズム、エキゾティズムというものはあるのではないか、と思っています。それは例えば私たちが高度成長期の日本のことを懐かしむ時。『ALWAYS3丁目の夕日』とかですね。また、自分達の文化であったはずのものを、外国人目線で見てしまうようなこともそうかなと思います。エキゾチックジャパン的なもの。

それ自体全てが悪いというわけではもちろんなくて、ただ、無自覚にエキゾティズムに浸るということの危険性、自己欺瞞への警鐘を池澤さんは鳴らしているんだと思います。

サイードの『オリエンタリズム』は多分昔も読了はできていないんではないかと思います。今日パラパラっと見てみたら、ものすごく小さい文字でびっくりしてしまいました。いつか挑戦したいですね。

それでは今日はこの辺で。また明日もよろしくお願いします。おやすみなさい。