喫茶と読書 ひとつぶ

20220409

土曜日の朝はバラカンさんのウィークエンドサンシャイン。今危うくバラカンモーニングと書くところでした。これは昔やっていたラジオ。今日はグラミー賞の特集で、良い曲もたくさんあったのですが、その中で『ビリーVSアメリカ合衆国』という映画にバツをつけてきたお便りが紹介されました。理由としては「音楽がない」ということでした。私もこの映画にバツをつけるのは、ちょっと賛成です。バツと言っても、人に勧めるかどうか、というくらいのところですが。音楽がなかったとは思わなかったけれど。私の理由は映画として全体に安っぽい感じがしたからです。その前に見たアレサフランクリンの『リスペクト』と内容はダブるのですが、こちらの方が面白かった。

バラカンさんの番組では、以前にも『Summer of Soul』について、政治的な描写が多すぎて音楽を純粋に楽しめなかった、という投書が紹介されたことがあります。今日もこのことも引き合いに出されていました。私は反対に、『Summer of Soul』は政治的なことをとても上手に編み込んだ映画だと思って見ていました。

いろんな人の意見があって、それは別に良いと思います。ただ、今日バラカンさんが言ったんですが、「黒人の人たちの音楽と差別の問題は切り離せない」(こういう言葉だったかどうかは定かではないです)。この言葉にとても重みを感じました。今ここで書いた三つの映画を見ると、黒人への差別というのは本当に凄まじかったのだなということがわかります。同時に女性蔑視という視点もあるのだけれど。日本という離れたところから見ると、やっぱり実感はないのです。音楽は音楽として純粋に楽しみたいという気持ちもわかる。でも、どういうところからそれが生まれて、どんな思いが込められているかを知ることは、意味があるのではないかな。そして、これは過去の話ではなくて、まだ今も続いていることなのです。それを忘れないようにしたいと思います。

人が人を下に見て、差別したりリンチをしたり、馬鹿にしたり。肌の色だけではないです。性別もそう。生まれた家だったり、住んでいるところだったり、学歴だったり。本当に良くない。人を見下す人は、人に見下されることを恐れるから、それで恨んだり、妬んだりということも起きてくる。

とまあ、ラジオを聴きながらそんなことを考えていました。朝に思ったことは、夜なかなか思い出せませんね。本当はその時にメモを取るべきなんですよね。

さて、それでは今日は帰ります。昨日の夜も寒かった。今日はネックウォーマーを持ってきました。これでだいぶ違うのではないだろうか。それではまた明日もよろしくお願いします。おやすみなさい。