喫茶と読書 ひとつぶ

20200807

ひとつぶは社会になくてはならないものなのか?などということを少し考えていました。不要不急なのか?こんな問いの答えなど、出ることもないのでしょうが、存在意義があるのだろうか?

私はひとつぶの店主だし、私の人生にとって、ひとつぶはなくてはならないものになっている。でもそれは社会的にということとは別だろう。ひとつぶがなくなって困る人がいるのか?困る人はいないだろう。でも、少し寂しいと思う人はいるかもしれない。ひとつぶは何を社会に提供しているのだろう?スコーン?コーヒー?

人にはいろいろな場面がある。家族と過ごす時間、会社で仕事をする時間、通勤、休日に友人と買い物に行く、恋人と食事をする。そういう中に、例えばひとつぶで過ごすという場面はあるのだろうか?

自分を振り返ってみると、友人とお酒を飲む、家族とご飯を食べる、そういう時間以外に飲食店を利用したことはあるか?yes、なのだ。私にとって、出かけて、雑貨やら本を買って、その間または最後にカフェや喫茶店に行くというのは、普通のルートなのだ。時間が許せばそれは2時間程度は欲しい。ちょっとしたものを食べて、ドリンクを飲みながら、今日の収穫に目を通す。そんな時間。それは私にとって、とても贅沢で楽しい時間だった。もちろん、そんな時間やお金がない時期もあった。

もしその頃の私が、ひとつぶに出会ったら、とても嬉しかったに違いないと思う。でも、そういう人がこの世に何人いるのだろう?それが何人になったら、ひとつぶは社会的に意義がある、ということになるのだろう?

社会的に意義がある。つまり、人のためになっているということ。それは、あそこに行ったら幸せになれる、楽しくなれる、と思ってもらえるようなお店になることなのかなと思う。そういう気持ちを持ってもらえるお店、それはすごいこと。少しでも、そんなところに近づけるよう、毎日を積み重ねて、磨いていくこと、それが自分がやるべきことなのかなと、思います。なんだか変な日記になっちゃってますね。何かまだ、自分でやりきれてない感じがしているのだと思います。やり込もう。ひとつぶを。それではまた明日!