20260808
令和8年8月8日!三並びです。めでたい。ひとつぶはなんだか静かな1日でしたが。
明日は長崎の原爆の日ですね。6日は広島でした。この時期になると思い出すことがあります。以前の職場に、広島出身の人が入社してきました。まだ若い人で、あんまり喋らなくて、コミュニケーションもとりにくい人でした。それでも隣の席だったので、出身地を聞くと、広島だということでした。私は多分、たまたま広島の原爆ドームや、平和公園や、記念館に行ったばかりの時だったのだと思います。広島のライブに遠征に行ったついでに、それまで行ったことがなかったので、昼間にその三つを見て回りました。原爆ドームも、そして何より記念館の展示品が、かなり衝撃的でした。教科書やテレビなどでは見て知っていたものの、現物の迫力というものなのでしょうか。ショックを受けました。そして、来てよかったなと思ったのです。
入社したばかりのその人に、そんな感想を言うと、それまで物静かだった人が、急に声を荒げて「もう聞き飽きてます。小さい頃からそればっかりなんで。」というような事を言いました。(正確には覚えていなくてすみません)。私はびっくりしてしまって「地元の人だから感じることとかあるんじゃないのか」とか「真面目に考えた方がいい」というような事を偉そうに言ってしまいました。その人はかなりうんざりしたみたいで、ちゃんと話してくれませんでした。
このことはずっと心の中に引っかかっていて、その人がそんな言い方をするのもわからなくはないし、自分が言ったこともまあまあ的外れだった気もします。この時期になると、この時のことを必ず思い出してしまいます。昨日もラジオを聴きながら、なんて言ってあげたらよかったのかな、なんてことを思っていました。その時に、ふっと思ったのです。その人はもしかしたら「なぜ被害者である自分たちが考えないといけないのか、考えるべきは原爆を落としたアメリカであり、原爆を落とされるようなことをした日本なのではないのか」ということを思ったんじゃないかなと。そう、確かにその通りだと思う。けれど、やられた側が言い続けない限り、やった側には伝わらない。そういうことなのかもしれません。私も思う。いつまで戦争のことを夏になるたびに聞かされないといけないのだろうって。いつまで朝鮮半島や中国や東南アジアの人たちに謝らないといけないんだろうって。でも、きっといつまでも戦争のことは夏になれば聞くし、近隣の国の人に謝らないといけないんだと思う。広島や長崎のことも、世界中の人が決して忘れないように、伝え続けないといけないのだと思う。
さて、それでは帰ります。そう、私は広島であまりにショックを受けたので、長崎に行った時には記念館には入れなかったのです。時間もあんまりなかったけれど、それは言い訳で、あのショックを再び受けるのがちょっと怖かった。告白します。ではまた明日。おやすみなさい。